サイトナの作文れんしゅう

毒にも薬にもならないようなことをつらつらと書いたエッセイのようなものです。

水戸デビューは中井貴一

宇都宮から水戸へ転勤になった。茨城県水戸市
宇都宮に1年いないまま、また新しい土地へ行くことになってしまった。あ、気付いたのだけど、「茨城」と文字を打ちたいとき、「いばらき」と打っても「いばらぎ」と打っても、ちゃんとパソコンは「茨城」と変換してくれるのである。便利だねえ。でも正しくは「いばらき」なのでそこのところ頼むよ。うむ、話がそれました。

そういうわけで、宇都宮で送別会を開いてもらった後、隣国茨城へ旅立ったのである。すべてが急で慌ただしかったが、それも何とか落ち着いてきた頃、髪が伸びていることに気付いた。おれの髪がね、伸びてたの。
やはり新しい土地でのスタートはすっきりした髪で、ということで、床屋に行くことにした。
検討に検討を重ね、新居のアパートのすぐ隣にある床屋に行った。そこくらいしか見当たらなかったのだもの。

赤と青と白の床屋ポール(と呼ぶのかはわからないが)がぐるぐる回っていたので営業中だ。でも、中に誰もいない。昼時だからなあ、と思い、30分ほど時間をつぶして再び行くと、今度は中におっちゃんがいた。が、なぜかおっちゃんは白衣を着ている。
意を決して中に入って声をかけてみると、このおっちゃんが床屋だったのだ。
だいじょうぶか、と内心思いながら、床屋の椅子に座るのだった。この椅子をよく見ると、かなり年季が入っている。いや、椅子だけでなく、店自体がかなり年季が入っているのである。
おっちゃんが
「いやあ、戦後祖父が開業してから代々やっとります。わしが3代目ですじゃ」
とか言い出しそうな雰囲気である。言い出さなかったけど。
おっちゃん自身もかなり年季が入っている感じだ。

でも、腕は確かだった。白衣だったけれど、ちゃんと床屋だった。ただ、たまに迷うのである。はさみやくしなどを盆に乗せて並べているのだが、どれを使おうか、と、手にとったり戻したりして迷うのである。盆栽用のはさみとかが混ざってて迷ってたのならちょっとやだよ。髪の毛と松の枝とかと間違えていないことを祈るばかりである。
また、おれの髪の毛を切ろうとするときに、眉をひそめ、目を細めてじっと見るのである。テレビのお宝鑑定団の年配の方が、小さい鑑定品を見るときの目。あの目で、おれの髪の毛を見るのである。た、頼むよ、しっかりしてくれよ。それともおれの髪を鑑定してるのだろうか。アジエンスシャンプーのお姉さんみたいにきれいな髪だったら「いい仕事」なんだろうけど、おれはアジアンビューティーじゃないからね。これはどこにでもある偽物です、なんてね。なんで偽物なんだよ。髪の毛は一応本物です。
このおっちゃん、腕はいいが、少し強引だった。くしで髪をかき上げるときも少し力が強い。少し、痛い。あと、そういえば店の中に洗髪用の洗面台が見当たらないなあ、と思っていたのだが、おっちゃんはおれを普通の台所の流しのようなところに連れて行き、そこで髪を洗ったのである。食器も髪も洗えて便利なんじゃ、とか思っているんじゃないだろうな。シャンプーも実はチャーミーグリーンだったんじゃ、とか言うのはやめてくれよ。手には優しいけど、髪には悪いと思うよ。まあ、たぶんちゃんとしたシャンプーだったと思う。

そんなこんなで、カット終了である。鏡を見ると、きっちりぴかぴかな七三分けの人が映っていた。たぶんそれはおれです。誰かの髪型に似てるなあ、と思っていたら、中井貴一の髪型とそっくりだと気付いた。中井貴一といっても、映画「ビルマの竪琴」のときのじゃないよ、て、それは坊主頭だよ。ミスター・ミキプルーンのときの中井貴一だ。おっちゃんにとっては精一杯の「今の人」の髪型だったんだと思う。演歌の世界でなかっただけよかったと思う。

こうして水戸での新生活は、中井貴一の髪型で始まった。
気分も新たになったし、髪型以外は満足したのだった。
飴くれたし。