サイトナの作文れんしゅう

毒にも薬にもならないようなことをつらつらと書いたエッセイのようなものです。

カルタス君といっしょ

おれには一年半を共にした恋人がいた。ぱっちりした目、なめらかな肌触り、ふかふかの座り心地、銀色のボディ…。
恋人の名前はカルタス。ヨーグルトじゃないよ。それはカルダス。
おれがスーパーマーケットに入社して宇都宮の店舗勤務となったとき、移動の足が必要になるから早いうちに車を買っておいてほしい、と上司から言われたのだ。
そこで、宇都宮市内の中古車屋をまわり、検討を重ねて最後の最後におれが決めたのは、スズキの車なのになぜかホンダの中古車屋に一台だけあったカルタスだった。
値段が車検代などすべて込みで30万円と安かったのも大きかったが、他のホンダ車と離れてたたずむ孤高な姿がかっこよくも、ちょっと哀愁がにじみ出ていて、なんだか惹かれたのだ。

そこから二人の生活が始まった。
上司の宣言通り、移動の足としてカルタス君はフル稼働した。助手席に相棒を乗せ、宇都宮市内をカルタス君と共に走った。
ただし、カルタス君の中でおれの隣、助手席に座っていた相棒は上司でも先輩でも右京さんでもなく、ヨーグルトのケース、大量の納豆の箱、何十個というケーキの箱だった。
店の商品が品薄、品切れになったときに、近くの店や製造工場から調達してきた商品の輸送車として、カルタス君は大活躍したのだった。
だから、あのとき(2004年当時)、宇都宮でヨーグルトをデザートに食べた子供や、朝に納豆を食べたおじいちゃんや、夜にケーキを二人で食べたカップルは、カルタス君とおれに感謝するようにね。カップルは特にね。
仕事以外でも、カルタス君と一緒に温泉に行ったり海に行ったり、アツアツの毎日を過ごしていた。まわりの車が、ブゥゥー、とため息(排気ガス)を出すほどアツアツだった。
ラジエーターに持病を持ち、上司に「高級車並みの燃費」と言われた体質も、二人で病院(修理センター)に通い、乗り越えた。
宇都宮から水戸に転勤しても、水戸から須賀川に転勤しても、おれとカルタス君は公私共にベストパートナーだった。おれの両親とも何回も対面するなど、ゴールインも間近と、一部の関係者の間では噂になっていた。

そんな中、別れは突然訪れる。
おれが腰を痛めたためにスーパーマーケットを退職し、東京近郊に引っ越すことになった。
引越し費用がかかり、再就職のため給料が減り、電車メインの生活になるせいで、おれにはカルタス君を養うことが難しくなってしまった。
―ごめん、お前のことが大好きだ。だけど、もうお前と一緒にいられなくなりそうなんだ。
カルタス君はブブブ…と弱々しくエンジン音を鳴らした後、ヘッドライトをちかちかと光らせた。
―わかってくれるのか。ごめん。ありがとう。
数日後、解体業者に引き取られていくカルタス君を、ふるさとへ戻る恋人を見送る少女のように、育てた娘を嫁に出す父親のように、その銀色のボディが見えなくなるまでいつまでも見つめていた。雪が降る須賀川の悲しい昼だった。

今もおれは車を持っていない。
車があったらなあ、と思うときもある。
ただ、カルタス君を超える性能の車はたくさんあるが、カルタス君を超える相性のいい車はきっとないだろう、と思うのだ。おれのことをカルタス君より分かってくれる車はきっとない。
カルタス君は今頃どうしてるんだろう。どんな鉄製品として生きているのだろうと、最愛の夫を失った未亡人のような気持ちでおれは生きています。

カルタス君、元気かい?

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