サイトナの作文れんしゅう

毒にも薬にもならないようなことをつらつらと書いたエッセイのようなものです。

コワモテおじさんのバンソウコウ

髪を切りに行こう。
そう唐突に思いついた土曜の午後。
でも、流山に引っ越してきてから、髪を切りに行くのは今日が初めてだ。
「どの床屋さんに行こうか」
初めてなので行きつけの床屋がまだない。ただ、候補は二つあった。毎日の通勤途中に、うちの近くに二軒の床屋が並んでいるのを見ていて、それを覚えていたのだ。そのうちのどちらかに行こうと思い立った。

早速行ってみた。
まずは一軒目。入り口に料金表が貼ってあった。
「カット 4000円」
所持金が3000円だったので、これだと髪を切ってもらったはいいが、その後全速力で逃げなくてはいけない。引っ越してきて早々に町のお尋ね者になりたくないので却下した。
で、お隣の二軒目。こっちは値段がわからない。時価なのかもしれない。
入ってみた。夫婦でやってる床屋らしい。お客さん1人に夫婦、そしておそらくその夫婦の子供と思われる子供がたくさんいた。いや、夫婦の子供じゃない子供も混じっているかもしれないが、それはおれの知るところではないのだよ。
「カットできますか」
「うちは完全予約制なんですよ。すいません」
断られてしまった。一見さんお断りの床屋だったのだ。
おれはそのまま、夢破れた敗残兵のようにすごすごと外に出ようとしたら、床屋のドアが思ったより重く、閉めたドアに指を思いっきり挟めてしまった。
痛い。
すごく痛い。
歩いていてもしばらくジンジンと痛み続けていた。ふと、足元を見ると、赤い血が指からぽとっと滴ってきた。
お、出血大サービスだな、なんてあなたも言ってるんじゃないの。言ってないか。そうか。

ただ、血は出てきても、髪は伸びたままなので、さらに床屋を探して歩いた。数歩歩いては自分の指の血を吸い、また数歩歩いてはまた指の血を吸う。さっきとはまた違う意味で町のお尋ね者になりそうだったが、その前に別の床屋を見つけることができた。
1000円カットだ。いや、正確には1050円カット。
おれは普段は1000円カットで髪を切ることが多いので、慣れ親しんだところへ来たような感じだった。
店に入ると、坊主頭で体格のよいおじさんがやってきた。
「休みの日は床屋さんで、平日は組長をやっています」と言われたら信じてしまいそうな外見だ。言わなかったので安心したけど。
そして、さして待たされることもなく、カットされるおれ。ドスではなくてちゃんとはさみを使っていたので一安心だ。カットが終わったら掃除機で切った髪の毛を吸われて、何事もなく終了。
そして会計のとき、おれが1000円を差し出そうとすると、そのコワモテのおじさんはおれの流血中の指に気づいたのだった。
「小指、大丈夫ですか」
てっきり「小指、つめましょうか」と聞かれたのかと思ったが、今おれの手にはちゃんと小指がついているので違ったと思う。おじさんはコワモテの顔だが、おれの指を心配してくれたのだ。
コワモテのおじさんは店の奥からバンソウコウを持ってきて、おれの指に貼ってくれたのだ。これが部活の女子マネージャーとかだったら惚れてしまうんだろうなあ。バレー部とかサッカー部あたりの。何を考えているんだか。
まあ、でもおじさんは優しいけどコワモテだったので、惚れることもなく、床屋を出た。

でも、世の中捨てたものじゃないなあ、とコワモテのおじさんの貼ってくれたバンソウコウを見て思ったのだった。
帰り際、指の無事を確かめるために、ゲームセンターによってバーチャファイターをやってみた。よし、ちゃんと技が出せるぞ、うは、アイリーンちゃん(キャラの名前)かわいい、て、ばか。なにやってるんだよ。小指つめられてもおれは知らないよ。