サイトナの作文れんしゅう

毒にも薬にもならないようなことをつらつらと書いたエッセイのようなものです。

超透明・ドクター中松氏の政見放送

選挙の時期だ。あ、今ではなく当時の話、石原慎太郎が当選したときだ。
選挙の時には、候補者はさまざまな公約を挙げるのだが、たまに、なんだこりゃ、と耳を疑うような公約を掲げる人も中にはいらっしゃる。
沖縄県知事選挙で、他の候補者とその支持者に対して、「腹を切って死ぬべきである」と政見放送の中でのたまった又吉イエス氏なんて人がいた。
都知事選で、「夏休みの学習は有害、禁止」「ニシンを食べると怒らない」「母乳、牛乳、粉乳等、皆不可」など、摩訶不思議な公約を挙げた三井理峯氏なんて人もいた。
そういえば、青森の県知事だか市長だかの選挙で、「青森から雪をなくす」ことを公約に挙げていた人もいたが、あのときその人が当選していたら、今頃本当に雪がなくなっていたのだろうか。
なんだか呪術師を選んでるみたいだ。選挙は奥が深い。

そして、このときの都知事選でもなかなかにすごい公約を挙げた候補者がいた。それがドクター中松氏である。
あのぴょんぴょん跳ねるホッピングシューズを発明したドクター中松氏である。

都知事をどうやって選びますか」
政見放送が始まって、いきなりドクター中松氏に質問を投げかけられる。いや、先見性と公約ですかねえ、なんて答えても、別にドクター中松氏がそれに答えてくれることはない。中松氏の一方的な投げかけだ。
そのまま中松氏はやはり勝手に話を続けるのだった。
中松氏によると、都知事になるのに必要な5つの要素があるらしい。
「第一に、世界が注目してる人、世界を注目してる人」
「第二に、東京に先祖代々いる人」
「第三に、能力のある人」
「第四に、しがらみのない人」
「第五に、勤勉な人」
この5点らしい。といっても中松氏が勝手に作った5点なのだけど。中松氏がこの5点について他の候補者を、「チェックした結果、どうも合格しませんので立候補しました」ということだ。勝手に当てはめられて勝手に不合格にされてる他の候補者の心境はいかに。
どうでもいいが、ここでカメラがドクター氏に寄っていった。画面に徐々にアップに映し出されていくドクター氏。そのカメラワークに意味はあるのか。

次に、ドクター氏は例の5つの要素を自分に当てはめだすのである。
「ハリウッドにドクター中松ストーリーができます」「アメリカの17の都市にドクター中松デーがあります」「アメリカの科学学会で、歴史に残る5人の科学者に選ばれています」と、次々に自慢を始めるドクター氏。
しかも、どれもよく意味がわからない。中松ストーリーって何だよ。それとも中松ストリート、って言ったのかな、どっちにしろよくわからない。
アルキメデスキュリー夫人、ファラデー、テスラー、そしてドクター中松」と歴史に残る5人の科学者の名前をあげ、肩を並べていると言い出す中松氏。まあ、いろいろ突っ込みたいことはあるのだが、アルキメデスキュリー夫人が認めてるならいいか。でも、たぶん知らないうちに勝手に並ばれてるんだろうな。
よって、「第一関門は通過でございます」ということだ。勝手に関門を作り、勝手に通過していくドクター氏。
「先祖代々、旗本として400年間東京にいる」ので、「第二関門も通過」と、次の関門も楽々通過していった。いいぞ、ドクター氏。
そして。
「能力とは政治を発明する能力」で、「私がそれをできるのは皆さんご存知かと思います」。おおお、政治を発明する能力だ。しかも、「皆さんご存知」だそうだ。もう、ここまで来たら突っ込んではいけない。そして当然のように、「第三関門も通過」。
「しがらみのない人。私は官、政党、組合、財界、どれとも関係がない。透明度です。超透明です。スーパートランスペアレンスです」と、熱を帯びてくるドクター氏。もはやおれには何を言っているのかわからない。スーパートランスペアレンスだ。超透明中松氏。あられもない姿のスケスケドクター氏。
この辺で、またカメラがドクター氏に寄りだす。だから、その演出は何。
「私は小学校から東大まで無遅刻無欠席でした。こういう勤勉な人が都政を行うと皆さん安心でございましょ」。もうどこがおかしいとか、よく分からなくなってきた。完全にドクターワールドに引き込まれてしまっている。ございましょ。
めでたく5つの関門をすべて突破したドクター氏。おめでとうございます。

5つの要素についてのドクター氏の話が終わり、一安心といったところだが、まだドクター氏は続けるのだ。もういいよ。
北朝鮮テポドンを東京に撃ちますよ」と、ドクター氏は言い切るのだった。いいの、言い切っちゃって。ただ、「テポドン対策は、ミサイルをUターンする私の発明で可能であります」と、絶対の自信だ。身振り手振りの大きさもクライマックスに達してきた。
そして、中松氏はようやく話を締めはじめた。
「東京を、世界の人があこがれる、愛と、それと、楽しい東京」
と、ここでぶつりと画面が切り替わり、ドクター氏の姿が消えた。おれはやっと超透明ドクター中松ワールドから現実の世界に帰ってこれたのだ。よかった。
あまりに唐突な幕切れ、あまりに内容の濃すぎる5分間に、おれはしばし呆然とするのだった。

今のご時世、ドクター氏ならコロナウイルスもUターンしてくれるかもしれない。
よし、次の都政はドクター中松氏に任せた。
おれ、都民じゃないし。